目指すはヨーロッパ最高峰の舞台、そして「生きる原動力」に【菊池 禎晃選手インタビュー|前編】

菊池 禎晃選手
菊池選手X(旧Twitter)
菊池 禎晃選手 / Kikuchi Yoshiaki
菊池 禎晃選手◇生年月日:1995年7月22日◇ポジション:攻撃的ミッドフィルダーな...

「いち早く肌で感じたい」大学卒業後に単身ドイツへ

1995年7月22日、宮崎県北部に位置する延岡市で生を受けた菊池選手。

幼少期からサッカーをはじめ、間もなく才能が開花。日本サッカー協会が「将来の日本代表選手の育成」を目的に実施する「エリートプログラム」のメンバーにも選出され、次第に海外へ憧れを抱くようになった。

「U-13のエリートプログラムに選ばれて、初めてそこで韓国代表と"国際試合"を経験したり、その時の同期の子がフランスへ留学に行ったりとか。

いち早く海外を肌で感じたいなっていうのは、その時からずっと心の中にありました」

宮崎県の強豪、日章学園で中学・高校生年代を過ごし、高校1年次には第90回全国高校サッカー選手権に出場。チームは初戦で敗退したものの、両チーム唯一の1年生としてフル出場を果たし、1ゴールを挙げた。

翌年度は県予選で姿を消したものの、3年次には再び全国の舞台へ。キャプテンとしてチームをベスト8に導き、大会の優秀選手に選出されるパフォーマンスを見せた。

日章学園を卒業後は、地元の宮崎県を離れ、茨城県の流通経済大学に進学。後にプロの舞台へ進む多くのチームメイトとしのぎを削り、2年次には流通経済大学ドラゴンズ龍ケ崎のメンバーとして、JFLの公式戦にも出場した。

同校を卒業した2018年には、いよいよ憧れの海外へー。

向かった先は、欧州の「サッカー大国」ドイツだった。

「今の時代、ある程度やれる選手は、いきなり4部のテストを受けられる場合も結構多くなってきてるとは思うんですけど。まだ僕の頃は、テストを受けられる中では5部のクラブが一番良いみたいな。

僕の場合は、1つ上のお友達にコネクションを持っている方がいて、相談をしたらドイツに知り合いがいるということで。そこから実際に練習参加をさせていただいて、入団することができました」

いわゆる「トライアウト」の末に、FCヘンネフ05(当時ドイツ5部所属)への入団を勝ち取った菊池選手。ただし、5部リーグでは大半の選手がアマチュアとしてプレーするため、サッカーのみで生計を立てることは不可能に近い。

本人も話す通り「自分で這い上がるしかない」状況の下で、海外でのキャリアをスタートさせた。

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