こだわり続けたプロと全国、南国フィリピンから「感情を揺さぶる選手」へ【濱 琳太郎選手インタビュー】

濱 琳太郎選手
濱選手Instagram 🄫Claire Sadanguel

「サッカーを辞めたら学校の先生に」チームに志願したコーチ業

 昨季は、チーム練習外ではアカデミーコーチも担当。自身のYouTubeチャンネルを通じて、実際の様子も発信した。

「今はアカデミーの子供の数がすごく少なくて、コーチの数が多いので。元々いるコーチで回せているので、皆無に等しいですけど。

自分は外国人なので、中々コーチさせてもらうことは少なくて。隙があればやりたいですけど、中々入っていけないところで...。

去年はちょうど夏で、子供も夏休みに入ってたので、スクールに子供がいっぱいいて。逆にコーチの数が足りない時期だったので、自分も1つの学年を担当させてもらって、教えていました」

担当前には、自身の英語力向上も見据えて、自らチームにコーチ業を願い出た。

「子供が好きなので、可愛い子供の姿と頑張っている子供の姿を見られるのが一番の魅力なんですけど。

サッカーを辞めたら、自分は学校の先生になりたいので。

それも含めて、今子供に関わるのは、とても大事なのかなと感じているので、空きが出れば今後もやっていきたいなと思っています」

濱 琳太郎選手

濱選手Instagram 🄫Claire Sadanguel

「挨拶できてない人にしっかり挨拶するためにも」

 昨年末に日本へ帰国した際には、自らサインを入れたセブFCのユニフォームを知人や友人に配って周った。

「年に2回しか日本に帰れないので、友達とか家族がどんな思いで自分を見てくれてるのかは、見えないですし、分からなくて。

でも『あの人が自分の試合を観てくれてる』とか『自分の頑張りがあるから"頑張ろう"って思える人が少しでも居たらいいな』っていう想像で頑張ってるところなんですけど、年に2回日本に帰ったときは、応援の言葉をもらえるので。

ちょっと話は変わるんですけど、大学も卒業式とか卒団試合とかに出られずに、もう自分がフィリピンに行っちゃったので。

それもあって、挨拶できてない人にしっかり挨拶するためにも、しっかりユニフォームは配った方がいいなと思っています」

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